ロクヨン
先日EOS Rと一緒に発表されたキヤノンの新型ヨンニッパとロクヨン。軽くなるだろうとは思っていたけど、それぞれ約2.8kgと約3kgってどんだけ軽くなったん?
ヨンニッパなんて軽さが話題になったソニーより見事に軽いし、何より驚きは3kgのロクヨンだって。その昔600mm F4なんて6kgを超えているのが当然だったのにねぇ。
どちらも光学系はソニーと同じような感じなので、超望遠レンズの設計自体がそういうトレンドなんだろうと思われる。いずれナイコンも似たようなスペックでラインナップを図るだろう。
それにしてもだ。同じように設計できるなら、ゴーヨンがまさかの2kgを切るってこともあり得るのか。先日発表されたナイコンのPFレンズを使用した500mm F5.6が約1.5kgなので、2kg切る500mm F4の登場はちょっとセンセーショナルかも。
いやー、キヤノンさんエゲツないことするわ。EOS RをRFレンズ含めたシステム全体で押し出してナイコンZを軽くいなし、さらに軽量刷新の超望遠レンズ群で東京五輪に向けてチャレンジャーのソニーを振り払うとは。
在りし日の懐かしきロクヨンたち。まずはNikon F5とAF-S Nikkor ED 600mm F4D IIの組み合わせ。時期的にこの頃は真面目に鳥を撮っていた最後のほうだね。
このロクヨンはAF-Sロクヨンの二代目で、先代は6kg超えだったが、このモデルは5kgを切っていたと記憶。AF-SサンヨンやAF-Sヨンニッパと並んで、画質はさすがのニッコールという写りだった。テレコン付けてもほとんど画質が劣化しないのも良かった。
ただ、残念ながらこの個体はハズレ品で、手持ちの2台のF5のどちらを使っても、AF-Cで時々前ピン気味になる持病持ちだった。当時、ナイコン大井とはずいぶんやりあった記憶がある。そりゃ安い買い物じゃないから当たり前だが、ナイコンの製品に見切りをつけた元凶でもあった。
雲台は耐荷重68kgを誇る、知る人ぞ知るアルカスイス モノボールB-2。この時は機材を担いで歩き回ることを優先して、ジッツォの3型カーボンの脚に水平出し用の同レベラーを挟んでいる。15年以上前の写真だが、載っているカメラとレンズ以外はまだうちでは現役..F5は1台残っているが..だ。
この後、故あってCOOLPIXのコンデジ系を買うことはあったが、自前のナイコン一眼レフは手にしていない。デジタルになって業務で仕事仲間の機材を使うことはあるけどね。
こちらはCanon E0S-1VとEF600mm F4L IS USMの組み合わせ。手に入れたのは20世紀の終わりで、EFゴーヨンと並んでもっとも使用期間が長かったAFの長玉だ。フードが黒いのは、白塗装前のカーボン素材のままのもの..純正の試作品っぽい話だった..を、知り合いのとあるルートで貰い受けたもの。
実はAF-Sロクヨンと同時期に保有していた時期もあって、画質はニッコールのほうが良かったのだが、EFロクヨンには天下無双の手ぶれ補正が付いていたので、車内からのブラインド撮影ではこちらをよく使っていた。
今でこそニッコールにもVRが付いているが、この当時は手ぶれ補正はキヤノンの長玉だけの特権で、超望遠レンズといえば三脚運用が当たり前の時代に、その固定観念を取り払ってくれた。
それとこの頃から天狗様の行動記録用に使いだしたキヤノン社製ビデオカムコーダーXL-1・2でもよく使っていたかな。まだビデオコリメート撮影が実用的でなかった時代なので、換算4200mmを超える焦点距離..XLシリーズは1/3の3CCDで約7倍で計算..のビデオカメラは魅力的だった。
下にエクステンダー付きのEOS-1Vが転がっているが、写真撮影とビデオ撮影を同じレンズマウントで使い分けられるというのも、当時のキヤノンならではと言える。今でこそデジタル一眼の動画撮影は当たり前の機能だが、この当時は画期的な運用だったのである。
そしてこの頃、自身のデジタル黎明期に突入するに当たり、デジタルはキヤノンで行くと決めていたので、ナイコンの機材は徐々に放出することになる。AF-Sロクヨンの前ピン問題がなくても、どのみちナイコンとは縁が切れる流れにあったということだ。