先週末から猛暑が続いた関東圏だが、今週は前線が下がって暑さが和らぐようだ。
我が赤城高原は酷暑グンマーにあって高原のため平野部よりは4〜5℃低いとは言え、32℃辺りを超えるとさすがに厳しい。
湿気がなければ数字ほどの暑さは感じないのだが、時期的にまだ梅雨のしっぽなので梅雨明けまで我慢の日々である。
その昔、薄い布袋に光るホタルを入れて涼しさを愛でたのが名前の由来というホタルブクロ。一節にはこの花自体にホタルを入れたという話もあるそうだ。
そんなホタルブクロを超広角レンズで真下から覗いてみた。
アジサイは梅雨どきに咲くので雨のイメージが強いが、個人的には梅雨の晴れ間の青空にもよく似合うと思っている。
そしてそれが青い花であればなおさらのこと。
梅雨に入っているはずだが、先週は1000km近く南北に移動しているのに、まともに雨に振られたのはわずか1日だけという奇跡的な事態に。
まあたまたまなんだが、この時期は野外仕事が入ってくるのでそれはそれで助かるけどね。
今週、シロヤシオが見頃と聞いて久しぶりに奥日光の男体山へ。今回はいつも調査山行ではなく純粋な登山行為であった。
男体山の登山道はひたすら真っすぐ..今は途中につづらの林道を挟む箇所があるが..で、直登で標高差約1200mとなかなかエグいのだが、実際に登ってみると白毛門ほどの斜度はないので、数字で感じるほどではない。それでも1km近く続く岩場はさすがに難儀したけど。
アカヤシオはすでに終わっていたが、 シロヤシオとベニサラサドウダンツツジの競演が観られた。中禅寺湖ブルーと相まって良い季節である。
赤城高原にある我が家の御神体とも言うべきは赤城山。その赤城と男体山はライバル関係にあり、その昔それぞれの神が大ムカデと大蛇に化けて中禅寺湖を巡って争った地が奥日光の戦場ヶ原である。
男体山は二荒山神社の境内なので、入山を届けるとお守りが貰える。今回図らずも双方のお守りをぶら下げて歩いたが、取り敢えず揉め事は起きなかったw
前述の伝説の戦いの決着だが、男体山の神の末裔である矢の名手に射掛けられて遁走した赤城山の負け。で、その時の血で染まったのが現在の赤沼の辺り。麓の二荒山神社が正月に赤城山の方角に向かって矢を射る神事を行うのはこの流れである。
ということで、赤城山の住人にとって男体山はアウェイ感満載なのである。
尾瀬は厳冬期を除き、映像記録の仕事などで残雪期から初冬まで何度も足を運んでいるので、近年はいわゆる混雑するオンシーズンは避けるようにして出かけている。
行ったことある人は分かると思うが、ミズバショウやニッコウキスゲのシーズンなど木道をハイカーが間断なく連なって歩いているため、落ち着いて景色を眺めることができない。
では平日にと出かけても、今度は尾瀬学校なるイベントとかち合うと、観光客が学生に変わるだけで状況はあまり変わらない上に、要らぬあいさつ攻めを受けて辟易させられる。せいぜい先頭の一人が挨拶すれば良いものを、全員がするもんだから煩わしいったらありゃしない。指導教員が前後に付いているが、そもそもその教員自体が挨拶しないのだから教育もなにもないぞ。
ということでそうなると初夏のミズバショウ前か、真夏の花期の終わりか、晩秋の草紅葉の後というのがうちの定番シーズンとなっている。
この日は平日ではあったが、週末の直前ということもあってお昼ごろにテン泊ハイカー組が結構出張ってきていた。それでもあの目もくらむような込み具合からしたら天国ではあるけどね。
折しもこの前日に氷点下3℃という5月も下旬とは思えない寒さに見舞われたらしく、ちょうど顔をのぞかせ始めていたミズバショウの先遣隊は軒並み霜枯れてしまっていた。
この日も多くのハイカーがダウンを着込んで行動する冷え込みで、ヤマアカガエルこそ鳴いていたものの池塘の中はアカハライモリの姿も見られず閑散としていた。
鳥類はカッコウ、ホトトギス、ノビタキ、ホオアカ、オオジシギ、ヒバリなど夏の尾瀬定番は一通り確認。年々渡来数が減っているように思えるのが気がかりではあるが、高層湿原にカッコウの声が響き渡るのはいつ聞いても良い。
余談だが、2枚目の写真を見て水平が出ていない!とケチを付ける水平風景ジジィがいるが、尾瀬ヶ原は北東に向かって緩やかに傾斜しており、写真の左奥でヨッピ川と沼尻川が合流して只見川となるので、燧ヶ岳を背景にした場合は左下がりのように見えるのが正しい。
もし同じようなカットで水平が出ているようであれば、逆にそれがおかしいということになるのは知っておいて損はない尾瀬トリビアである。
タンポポは一面に花が咲けば黄色い絨毯の如きと称され、綿毛になればファンタジー要素が高まる。
茎の根元に妖精やら小人やらが立つイメージが組み合わされば、そこに如何様にも物語が創作されることだろう。
が、田舎ではそんなウエルカムな状況になることはまずあり得ず、タンポポが咲く春から初夏は皆憂鬱になるのである。
抜いても抜いても駆逐されることはなく、草刈りで地上茎を刈った途端に残された花は翌日にはすべて綿毛へと変異して、すぐに次世代のタンポポの準備が整うのである。
田舎で無駄に広い土地など買うものではない。この時期は黄色い絨毯を見るたびにそう思うことしきりである。
みちのくの休耕地の畦でスプリング・エフェメラルたちが我が世の春を謳歌中。
スプリング・エフェメラルとは、春のはかない命とか春の妖精という意味で、植物的には春に花を咲かせて夏以降は地下で翌春まで過ごす春植物のことを指す。
もう少しあおって撮りたいが、機材満載のザックが重くてこれ以上屈めないw
こっちのスプリング・エフェメラルは起き出したばかりでまだ少し眠そう。
ユキツバキの群落。ツバキの多くは冬に咲く種類が多いので春植物というわけではないが、本種の花期は春。
近縁のヤブツバキは太平洋側だが、ユキツバキは東北の日本海側や北陸の固有種。