アカハラで思い出すのは
2021/5/4
今朝、近所で初めてアカハラを目視した。クロツグミに負けず劣らずのその声量のあるさえずりは時々耳にしてはいたが、姿を観たのは今の場所に住み始めて初である。
クロツグミは高い木の梢でさえずるので、声さえ聞こえれば展葉前なら見つけるのは容易だが、アカハラは新緑の頃にさえずり出すので、音源を特定できても鳴いている姿を見つけるのはなかなか困難である。
大抵はミミズなど餌を探して地面を徘徊している時で、今日もいつもの防風林内で偶然その場面に出くわした次第だ。
OM-D E-M1 MarkIII / M.ZUIKO DIGITAL ED 100-400mm F5.0-6.3 IS + MC-14
これはGW前の近所のクロツグミ。この時は珍しく低いところでさえずっていた。
アカハラで思い出すのは、高校生の頃に初夏の軽井沢で体験した夏鳥たちの大合唱である。
夜半すぎから夜明けにかけて、森の中を歩き回っての体験だったが、夜の鳥から昼の鳥へと演者が入れ替わる流れの中で、徐々にアカハラがその主役の座を得ていくのは今でもよく覚えている。
それはまさに森の中から絶えず降るように聞こえてきて、夏を謳歌するかのような鳥たちの歌声に酔いしたものである。
社会人となって、全国あちこち車で名のしれた鳥の生息地などを巡っていた時期もあったが、あの初夏の軽井沢のオーケストラのような鳥たち歌声を聴くことはついぞ無かったし、鳥屋が3人揃えば「鳥が減ったよね」と合言葉のように言い交わすこの時代、今後もあの体験の再現はないだろう。
とにかくこれだけはハッキリ言えることだが、日本に渡ってくる夏鳥はこの30年でかなり減っているのは間違いない。