空き地に集まる鳥
空き地に虫が集まるとなれば、当然のごとくそれを目当てに集まる鳥たちもいる。それはまさに食物連鎖の縮図であり、粛々と生命のリレーが行われている証でもある。
この中でキジは比較的植物食が強いが、クモや虫など小動物も捕食する。
空き地に虫が集まるとなれば、当然のごとくそれを目当てに集まる鳥たちもいる。それはまさに食物連鎖の縮図であり、粛々と生命のリレーが行われている証でもある。
この中でキジは比較的植物食が強いが、クモや虫など小動物も捕食する。
と聞いても、カシオのデジカメを使ったことがないので、まあフーンの話である。ハイスピード撮影できるなど一風変わったカメラを商品化していたのは知っていたが、レンズ交換式のデジカメには最後まで手を出さなかったようだ。
カシオは日本のこの手のメーカーに例外なくいわゆる製造業なので、利益の出ない不採算事業で工場を可動させるのは体力的に厳しかったようだが、市場をコンシューマからBtoBへ切り替えれば、そこで培った技術はそのまま利用できるはずなので、ビジネスの軸足を他へ移すという判断なのだろう。
さて話は全然違うが、カシオと聞いて必ず思い出すのが小学生の時の笑い話。
当時、カシオからカシオミニという商品名の卓上電卓が発売され、世間的には話題になっていた。まだパーソナル・コンピュータなど影も形もない時代なので、そろばん塾に通っていた子供らには結構インパクトがあったものだ。
そのテレビCMのキャッチが、軽快なBGMと相まって「答え一発カシオミニ♪」というのもので、子供らの間で「xx一発xx」というフレーズが流行したのは言うまでもない。
そんな中、理科が得意だったTM少年には、テストで連続100点記録がかかっていた。その時も完璧に100点が取れる内容で、結果は当然100点の答案が返され、クラスの皆から祝福され束の間ヒーロー気分であった。が、答え合わせさせてと拙者の答案を見たY君の「先生、TM君の答えが間違ってます」の一言にクラスはシーン。
そう、正しくはカシオペアと書くべき星座の設問に対し、あろうことか「カシオミニ」と堂々と書いてあったのだ。そして先生も気が付かなかったというオチ。で、残念ながら連続100点記録はあえなく途絶え、理科の神童?と言われた拙者はその後没落の一途を辿ったのであったw
よく印象的なCMのキャッチフレーズが頭の中でグルグルすることがあるが、当時TM少年の頭の中に「答え一発カシオミニ♪」が巡っていたのは想像に難くない。そしてこの話のオチはもう一つあって、同様に「カシオミニ」と書いたヤツが他にも数名居たのであった。
というのが、拙者が持つカシオネタの一コマであるw
前線が通り抜けて以降、急激に気温が下がって寒いのなんの。短パン半袖の生活からまたフリースの世界に逆戻りである。それに風が強くて、凧揚げ(空撮)ができないのが厄介だ。
ヒバリも空に飛び立つのがはばかられるのか、畑で風を正面から受けながら地面で直接鳴いていた。
我々の世代で近所の空き地といえば、藤子不二雄やちばてつやの世界観そのままに、三角ベースができる程度の広さがある草っぱらで、土管が3本積まれているのが定番である。
何故に土管が3本なのかといえば、空き地を管理する土建屋の資材調達の余りという見方もできるが、恐らく子供が登って腰掛けられる程度の高さで且つ安定した配置が期待できるという理由に他ならないだろう。
などという戯れ言を真面目に考察しても詮なきことではあるが、昔の空き地はそれが私有地であっても子供たちには共有財産的なところがあって、管理する側も出入りをむやみに制限するようなことはなかった。
長らく放置された空き地は小動物の宝庫である。特にバッタや蝶などはいたるところで採り放題だし、雑木林が隣接していれば、セミやカブトムシも期待できた。ウズラやヒバリもよく見かけたものだ。
まあそれも時代の流れでそんなことを言ってもいられなくなり、事故が起きれば管理者責任を問われるなど面倒なことになるのは必定、今や空き地は立看板と厳重な杭に囲まれ、足を踏み入れることは憚られるのが現実だったりするのである。
以前は宅地であったと思われる空き地で、重機がせわしなく地面を整地していた。「ご不便をお掛けします」の上っ面だけ腰の低い立看板の前では、昔と変わらずヒバリが春の準備に余念がない。
バブル期ほどではないにせよ、空き地がいつまでも空き地のままであることはなく、ヒバリがピーチクパーチク囀っていられるのも、ここは今年が最後かもしれない。
コンデジの動画撮影機能は、割りと黎明期の頃から標準装備であったが、それこそオマケ機能の粋を出ておらず、お世辞にも積極的に使おうというレベルのものではなかった。それが何時頃からか、フルHDの解像度(1920×1080)を記録できるようになって、WebやYouTube的にはまったく気にならないレベルになってきているカメラもある。
コンシューマ向けのハイビジョンカメラの歴史は2004年にHDVから始まったが、その頃のビデオカメラに比べれば、今どきのコンデジ動画もそんなに悪いものではない。専用機でないため、音声収録やスチルカメラ然とした操作性による問題はあるものの、メモ代わりに記録すると考えれば必要十分だったりする。
で、ご多分に漏れずP900でも動画の撮影は可能である。センサーはスチルカメラであるため3板ではないが、サイズは1/2.3型なので少し前のコンシューマ向け専用機と同じである。フレームレートも今どきフルHDは当然としても、生意気にも1080/60pで記録できる辺りは、運動会やアクティブな撮影領域もターゲットにしているのだろう。特に本機の特徴である24-2000mmという83倍ズームは、趣味性の高い分野では強力なセールスポイントになっている。
そんなとんがった異端児P900で、フッテージ屋としてはあるまじき行為..意図的に狙わない限り映像素材は三脚が必須..である手持ち撮影を試してみた。特に2000mmを手持ちで撮影するという禁断の行為が、どの程度視聴に耐えるうるか、という点がサンプル映像の主旨である。
まずは畑でさえずるヒバリを2000mmで撮影。犬連れで歩行途中という条件であったが、やはり2000mmの画角を安定的に保持するのは難しい。中央に位置するAFフレームで捉え続けないと、すぐに背景にAFが引っ張られてしまうので、撮影中の意識はどうしてもそこに集中してしまい、かえって画面が小刻みに動くという結果である。
この5月が観測史上最も暑いとか何とか言われているが、畑をやっていて何が一番困るかといえば水不足だ。ここまでカラカラだと日々の水やりが欠かせないのだが、水道代もバカにならないことも含めその手間が結構掛かる。
農作物は、植える時期と肥料の与え方が、その成長度合いに占める割合が高いのだが、それでもやはり基本は水である。特に根付くまでは十分に水を与える必要があり、自家消費分だけ採れればそれでオッケーの猫の額菜園であっても、それはそのまま収穫量に直結するので管理はしっかりしたいところだ。
赤城高原に引っ越してこの方、近所の農家から大量に旬の野菜をもらうため、八百屋で買うことなどすっかり無くなったが、採れたて野菜は少しでも早いほうが美味いのは自明の理なので、家人の趣味もあって自家栽培もやめられないのである。
乾いて土埃が立ちそうな畑でヒバリが朝から騒々しい。ちかくの畦に頻繁に出入りしているので巣があるのだろう。
近所の観光農園が季節営業の終わりということで、イチゴの余り物をもらってきた。さすがにプロが手を掛けて作った売り物だけあって粒が大きく色合いも良く、何より甘いのなんの。うちでも露地物栽培をしているが、ちょっと比べるのが恥ずかしい出来だ(苦笑)。
まだ雪が残る赤城高原と異なり、関東も南へ下ると春の気配濃厚だ。今日はウグイスとヒバリのさえずりを同時に初鳴き(個人的にの意)確認である。今年は春が早いと巷では言われているが、それでも北関東の山奥と南関東では同じ関東でもかなり開きがある。引き続きこの週末には梅の花も拝めそうだ。
上流のデザインと設計フェーズが終わったので、後は製造よろしくとN君とSさんに工程を引き継ぎ、こちらは別の仕事の手伝いで出張へ。あえて言うなら陽の当たらない世界(世の中ではデスクワークという)から、陽の当たる世界への変革か(笑)。
などと適当にうそぶいていたら、今日はあいにくの雨模様。外に出てきても陽が当たらんとはこれいかに..