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榛名オレンジ

2016/12/19

高崎の市街地にイノシシが出没してJK他が襲われたらしい。よくこの手の目撃談に「何でこんな場所に」というのがあるが、グンマーとはいえ周囲に山など一切ない、高崎の平地の住宅街なので、まさにその何でこんな場所ではある。

ただ、貝沢町ということで思い当たるフシはある。当地は榛名山麓に端を発する井野川が流れており、イノシシはその井野川沿いに移動してきた可能性が高い。

近年、長野市内にツキノワグマが出没したことがあったが、その時も犀川沿いに移動してきたことがわかっている。野生動物はそれなりに人目を避け、夜陰に乗じて移動するので、河川敷伝いというのは今後も十分ありがちな話であろう。

ちなみに井野川には、用水路である長野堰が合流している。群馬にあるのになぜ長野堰かといえば、榛名山麓の箕輪を領地として栄えた長野氏が作ったからで、その長野康業の子孫である長野業正の代で整備され今に至るのである。

長野業正といえば、時は戦国の世、甲斐の武田信玄と何度も戦った武勇の誉れ高い関東豪族であり、今をときめく真田幸村(信繁)の祖父、真田幸隆に攻められ滅んだことで有名である。

榛名山を形成する烏帽子ヶ岳のスカイラインが、見事なオレンジラインを描く。

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コロン

2016/12/18

今でもあるか知らないが、グリコだったか、昔コロンというスナック菓子があった。この手の牧草ロール見ていると、子供の頃に食ったそのコロンを思い出す、というどうでもよい話。

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十割

2016/12/11

吾妻方面に出かけた際、十割そばを食べたいという家人の要望により、道の駅霊山たけやまにある「そば処けやき」に立ち寄って、ざるそばを食す。

そばは旨ければ別に二八そばでもこだわらないが、やはり食感は十割に叶うものはないね。JAF会員には天ぷら一皿無料サービス実施中。

今日は終日、上越国境方面から風花が舞う一日だった。裏山の黒檜山も真っ白になり、そろそろ根雪になる頃合いである。

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寒風吹けば

2016/11/28

ビュービューと北風が吹き付ける季節になった。寒風が吹くのを心待ちにしていた家人は、早速庭で採った柿を軒先に吊るしていた。

標高700mの我が家周辺ではまず柿が甘くなることはない。よって柿はすべて干し柿にするのはどこの家も同じである。

それでも干し柿など子供らが食べないので、基本的に年寄りの茶菓子か、放置されれば熟して鳥やけものたちの貴重な餌となる。

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このまま気温が上がらず順調に寒風吹けば、2周間程度で食べごろになるだろう。

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色々年末に向けて多忙を極め、やや歯車が狂いだしている今日のこの頃。完全にマンパワーの配分を見誤ってしまい、自分自身をスケジュール的に厳しい立場に置いてしまった。

来月頭の地元某イベントまではもうこのまま行くしか無いのだが、何とか年内には立て直さないといかんと思う次第(←誰に言っている?)

と言うことで話題のスーパームーンもすっかり撮り逃した。

当日はそもそも曇り空で見る影もなかったのだが、先日は帰宅時に赤城の尾根に浮かぶその神々しい姿を拝したのだが、肝心の撮影機材を持っていなかったという体たらく。カメラマンとして恥ずかしいことこの上ない所業であった..

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ちょっと悔しいので、大きいはずのスーパームーン..2日経っているがそれでも大きいと認識できる..を魚眼レンズで写す暴挙に。アホやね。

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TAM

2016/11/9

昨日はフォレストのプレゼンのため上京。

その一昨日まで北東北の山中にいたため、年末大都会の雑踏とのギャップにやや戸惑ったが、バブル期には東京を中心にブイブイ営業活動もしていたので、小一時間もウロウロすればすぐに慣れた。

山の中で自然に浸ることが理屈抜きで好きなのは間違いないが、こうして時々都会に足を運ぶこともそう悪くはないと思う。特に普段自分とは関わりを持たない人種との交流には勉強になることが多く、色々気付かされるものである。

人はやはり環境に生かされる生きものだとつくづく思う。

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そして夜は福岡の武田晋一氏や沖縄の湊和雄氏らとSSP(日本自然科学写真協会)会長の海野先生宅に上がり込んで夜半過ぎまで酒宴。大御所的なポジションである御年を全く感じさせない、海野先生のパワフルさには驚くばかりだ。

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で、そこで海野先生所有の懐かしいガジェットを見せてもらった。なんとMacintosh生誕20周年記念モデル「Twentieth Anniversary Macintosh」通称TAMである。しかもMac OS9がちゃんと起動して、BOSEのスピーカーからしっかり良い音を響かせていた。

1997年発売の限定モデルで、当時の価格で100万近くしたと記憶しているが、流石にガジェットの好きで知られる海野先生である。実働品の状態で維持しているとは驚きだ。

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こんなところ

2016/10/30

前時代的で凡庸とした面白みのないわが村の名前を告げると、大抵は興味を示さないか、つまらなさそうにどんなところですか?と聞かれる。

最近なら真田丸で知られた沼田の南、国定忠治..県外や若い人にはここで稀代のヒーロー忠治の話をしなければならないので割愛することも多いが..の赤城山の西の麓に広がる高原野菜の村と告げる。

20161030

これは裏山..もちろん赤城山だんべー..から見下ろした利根の眺め。中央を左右に横切るのが片品川の河岸段丘、その上が沼田の市街地で、手前に広がる農村地帯がわが村である。

そう、わが村はこんなところにある。

カテゴリ:独り言

タイトルとは全く関係のない話。

うちの業務内容は写真・映像・自然・ITの4品目である。一見すると関連性のなさそうな分野に思えるが、これがまた意外に密接な関係があるから面白い。

あれやこれや好きなことに手を出しているうち..一つことで安定して飯が食えないので色々やらざるを得ないという側面も否定しない..に、少々手広くなってしまったというのが実際のところだが、そもそも今どき写真もデジタル、動画もデジタル、しかも後処理はすべてPCによるノンリニアな世界であるし、自然もその写真や映像でインタープリターするわけだし、調査分野ならデータのサンプリングや解析は必須である。

手前味噌ではあるが、もともとシステム屋育ちであったが故にすべての業務をITで串刺しできるのがうちの強みということになる。カメラで写真や映像を記録し、PCでそれらをまとめ上げ、その分野に興味のある人達の目に触れる場を設け、また表現者には発表の機会を提供する。

自分自身も表現者たる道を探求することを止めたわけではないが、 この世界に長く生きムダに歳にとってくると、不思議と自分自身の関係してきた世界に役に立ちたいなどと、分不相応でらしくない世界観のために尽力したくなるようだ。

ま、まだまだ道半ばではあるが、もう少し人生悪あがきをしてみても良いだろう。

20160910

アキアカネたちが茜色に衣替えして、ようやくそれらしくなってきた。折しも赤ヘル軍団25年振りのリーグ優勝ときて、今年は赤がラッキーカラーかな。

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先週、昆虫写真家の海野和男先生の作品鑑賞に小諸高原美術館を訪れたが、一緒に開催されていた「生きもの写真リトルリーグ」も観覧してきた。

いわゆるフォトコン的な催しなのだが、テーマは生きもの、参加者は小中学生ということで、実はさほどは期待はしていなかったのだが、それがどうしてどうして、見てビックリの作品群に驚きであった。まあさながら子供版アニマ賞といった風情である。

最優秀作品賞は長野在住の中学三年生で、家の近くに生息するハヤブサをテーマにした作品であったが、まあこれが実によく写っているのである。写りに関してはカメラの性能に大きく依存する部分もあるだろうが、テーマの据え方もよく判っているようで、末恐ろしい限りである。

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自分の同じ頃を思い浮かべてみると、アニマなどは読んでいたが、生きものを写真に写そうなどとは思ってもいなかったし、そもそも家にあった写真機はピッカリコニカだったので、スタートラインからして格差がある(苦笑)。

写真は高校生になってからで、当時はフィルムなのでまず「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式などは到底考えられない。フィルム1本36枚、実に貴重なものであった。撮るときは脇をしめて1枚1枚息を潜めてシャッターを切り、その度に大急ぎで巻き上げレバーでフィルムを送らなければならなかった。

山にイヌワシを狙いに行ったり、近所の川原にカワセミを撮りに行っても、シャッター切ったのはたった3枚とか、そんなことはザラだったしね。

海野先生の話では、今どきこの手の写真を撮る子の親からしてカメラマンとのことで、一連のカットを見る限り最新一眼デジカメで連写した中の1枚といったものが多く見受けられた。機材に関して言えば今はもうそういう時代なのでそこは問題ではなく、組み写真としてどう魅せるかに重きをおいていることが驚きである。

その昔、超望遠やマクロ、モータードライブによる連続撮影などは特殊なものであり、その道のプロなど限られた人にのみ許された行為だった。それがデジタルカメラの登場とその後の急速な進化により、道具として誰にでも手の届く範囲にまで降りてきた。

そしてSNS台頭により、生息地含め生きものの情報が誰にでもインターネットを通じて手に入れられる情報化時代を迎え、生きもの写真の市場に将来性があるかについては正直なかなか厳しいものがある。

が、それでも「生きものを見る視点」は他の被写体にも必ず活きてくるので、くれぐれも「何で撮ったか」ではなく、「何を撮ったか」そして「何を表現したいか」を鍛錬していって欲しいものである。

連日、五輪の話題に日本中が悲喜こもごもである。多少なりとも武道の心得があるので、個人的には柔道が気になるところだが、今回は金含めメダルラッシュで嬉しい限りだ。

できれば剣道を競技種目に加えて欲しいのだが、相撲同様に世界的にはややマイナーな扱いで、次回の東京五輪でも採用ならずであったのは残念。

ところで、いつも思うことなのだが、個人戦にしろ団体戦にしろ、相対して戦う競技と記録を競う競技の扱いが一緒というところに、どこか違和感を感じるのである。

記録を競う競技の場合、早い遅いとか多い少ないとか、明確な数字による上からの順番なのでその順位付けは至極判りやすく順当である。それでも6位まで入賞みたいな扱いにするのであれば、6位まで何色かのメダルを配ればと思わなくもない。

が、対戦式の競技の場合、極端な話、銀メダルは最終的に負けた結果貰えるメダルだが、銅メダルは最後は勝って手にするメダルであるため、単純に上から3番目的な扱いではないように見えてしまう。

それが特に日本の柔道の場合、金メダル取れなくてすいません、銅メダルで申し訳ないみたいな話にはなっているのが、見ていて不憫でならないのである。まあ、実際は本人たちも金が欲しいのはそうであるとは思うけどね。

いっそ、入賞者全員にメダルが渡らないのであれば、トップ、つまり金メダル以は無しっていうのはどうだろうか。

20160811

トウモコロシ、いやトウモロコシが今年はあちこちで順調。豊作と言っても良く、そのせいでいまだクマの出没騒動が収まる気配がない。

今のところ捕獲檻にかかった話は聞かないが、このペースだと秋までには何頭か殺られる可能性は高いかな。

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