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広島と長崎の平和祈念式・式典でのアレのあいさつが話題になっている。

ニュージーランドのアーダーン首相のような核兵器廃絶を堂々とぶちかました素晴らしい正論演説、と言いたいところだがそんなことは望むべくもなくだ。で、今年も焦点は「前回との間違い探し」という情けなさw

昨年以前と比べて内容はほぼほぼ同じという点で今年もオチは同じだ。取り巻き腰巾着の補佐官もどきがスピーチライターよろしく原稿を用意しているのは疑いようもないが、6日の広島と9日の長崎で「地名以外はまったく一緒の文面」という手抜きは呆れて物が言えないな。

世界に向けて発信する公式行事なので、アレの「何を言っているのか意味不明で要領を得ないグダグダな能書き答弁」をダラダラと流されても日本の恥でしかないので、百歩譲って原稿を読むことは良しとしてもだ。被害の規模も被害者の数も同じではないので、せめて広島と長崎で文面を変えるくらいの気遣いがあっても良かろうに。

そして公式行事なので両日とも当然のように記者会見が用意されていたのだが、これがまたいつもの茶番問答劇というオマケ付き。事前に御用記者から当たり障りない質問を集めておいて、当日はその答えを原稿で棒読みという国民を舐め腐った態度は一体何だ?

しかも原稿朗読会の終わったあと、アレはうつろな目をしながら手にした原稿を机上で揃える仕草を見せたが、まったくやる気が無いので気が付かずに文面側を公にしていたところをカメラマンにすっぱ抜かれ、見事に「問」と「答」のパートに別れた原稿カンペをさらけ出す間抜けさときたら。

国際会議の場でもコンフィデンシャルな外交文書で同じようなことをやってんじゃねぇのかと勘ぐりたくもなるぞ。

とにかくこうした公式行事でも渦中の新コロナ対策でも、責任者として自分の言葉で語れない、まったくやる気が見えてこない無策無能さは一国民として情けない限り。

そんなに行政のトップとして仕事するのが嫌なら、ソーリ大臣なんて辞めてもらって結構だぞ。

OM-D E-M1 MarkIII / M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

久しぶりにケモノが歩いてくるのが見えたので、すかさず路傍に隠れて待ち伏せ。

でも1回シャッター切っただけですぐに気が付き、警戒心Maxで立ち止まってフリーズ。お前、新顔だな。

カテゴリ:ほ乳類, 独り言|タグ:
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